退院生活

入院生活が2ヶ月半ほど過ぎた頃、絶対ベット安静から解放され車椅子や、松葉杖を使いながらも自由になりました。

久々の自由にしばらく興奮して動き回っていました。

ずっと右足は吊り下げ、固定されていたので筋肉もなくなり情けないほど細くなっていました。
左足しか使えなかったので右足の倍くらい発達し、左右不対象な足になっていました、、

入院して3ヶ月程経った頃専門学校から親への連絡がありました。
それは進級するための出席日数が足りないため、留年する話でした。

この話を聞いた時は悲しく、虚しく、同級生を思い出し、一緒に卒業出来ないことを考え涙が出ました。

しかし私は諦めずにバッタバタで退院したい旨を医師に相談して、本当はまだ入院していなければいけない状態でしたが
半ば無理矢理にいくつかの条件の元、
退院の許可をもらいました。

退院してからも問題は多く、
松葉杖は必須で、右足の使用は禁止なので家から専門学校の車通学はもちろんダメでした。
バスや電車通学も考えましたが、私の住んでいる地域は交通の便が悪い田舎だったので時間がかかりすぎるのと、移動の際に人にぶつかったり転倒などのリスクを考え断念。

なので、学校の近くに住む友達のアパートに居候する事になりました。

思春期の男の部屋に男の居候が来るとかたまったもんじゃないですよね!
自分だったら何かしらの理由で断っていたかもしれません、、

けれども彼は嫌な顔ひとつせず私の事情を理解し、受け入れてくれました。
動けると言ってもまだまだ不自由な点が多い私をずっと気遣ってくれました。
彼は私の尊敬する親友です。

おかげで私は通学でき、遅れた分の授業を取り戻そうと勉強しました。
すると先生が私1人の為に補講をしてくださり、校長など上の人達に掛け合ってくれました。
その結果、私に特別テストを受けさせその点数によっては留年の取り消しが決まりました。
私はテストまで今までに無いほど、必死こいて勉強に取り組みテストに合格し、晴れて同級生と進級する事ができました。

退院してから別の病院に3ヶ月通院し、やっと松葉杖からも解放され、何不自由なく動けるようになったので友達のアパートから出ました。

なんの補助も無しに約半年も使ってなかった右足を地につけると、身体が力の入れ方を忘れたかのような違和感でしかなかったです。
右足を使うことに慣れるまでは、ちょっとした段差や階段でよく転けそうになっていました。

車にも乗れるようになりましたが、しばらく事故の恐怖が忘れられず対向車を異常に恐く感じました。
もう二度とこのような事にならないように余裕をもって行動し、気をつけて生きます。


そしてやっと日常の生活にもどりました。






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